卒業旅行ヨーロッパ2週間の旅 ベルリン編その2

2日目の朝を迎える。1日目は移動だけだったので、この日がベルリン観光最初の日となる。

 

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とりあえず、地球の歩き方に載ってる、宿から徒歩圏内のパリ風朝食のお店へ。

何がパリ風だったのか未だに分からないが、このたびを通してヨーロッパの朝食は様々な種類のサラミやハム、チーズとともにパンを食べるのが一般的なようだった。

当然美味しく頂き、地下鉄でまずは「あの」観光名所に向かう。


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その前に、これは朝食を食べた店のトイレなのだが、見て分かる通り便器が異常に高い。

この旅を通して、どこの国の小便器もこのタイプで、飛び散らないという点で合理的であるとは思うがいかんせん身長の低いアジア人には厳しい。

168cmの僕でギリギリという感じで、僕より10cm以上背の低い友人は終始背伸びをしないと用を足せない始末でした…

※その友人談「屈辱だ」


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朝のベルリン。平日だったので通勤時間帯でしたが、スーツの人は1人もいない。

みんなカジュアルな装いで自転車を使っているのが印象的でした。

日本もこうなれば良いのに…と思いつつ。

 

地下鉄の券売機で切符を買っていると、英語で若い男の人に話しかけられる。どうやら切符を安く売ってあげる、と言っているらしい。

地球の歩き方には、公共交通機関で話しかけて来る人は殆どが乞食や詐欺なので無視するように、と書いてあったが流石に人を無視することに心が引けた僕は適当にいなしつつ電車に乗り込んだ。


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着いたのはその名も「ブランデンブルク門駅」。

ウンター デン リンデンのフォントがカッコいい。


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ブランデンブルク門は威風堂々とした佇まい、美しくも力強さを感じさせるものでした。

特にこの日は快晴で、大変素晴らしい光景を目の当たりにすることが出来ました。

 

ブランデンブルク門の歴史を少し振り返ってみると、元々は、啓蒙専制君主として名高いフリードリヒ大王の父であるフリードリヒ・ヴィルヘルム1世の命によって作られた関税門だった。この関税門は他の主要街道にも複数作られたが、ブランデンブルク辺境伯の都であるブランデンブルクに向かう街道に作られたためこの名前になっている。

またナポレオン戦争の際にナポレオンが凱旋したことでも有名である。

 

柱は荘重なドーリア式、門の上にはローマの勝利の女神 ヴィクトリアがいる。

これは今回のドイツ旅行で度々思ったことだが、ドイツではいたるところでローマ帝国への憧れや自負が強いことを感じさせられる。

確かにドイツは、オドアケルによって西ローマ帝国が滅ぼされた後、いわゆる「戴冠」によってローマ教皇から正式にローマ皇帝と認められたカール1世のフランク王国から系譜が続いている。あの栄光あるローマの正統な後継者として自負があるのだろう。ヒトラーの敬礼1つとってもよく分かる。

 

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ウンター デン リンデンを少し歩くとフンボルト大学が見えてくる。

ここはナポレオン支配下のとき、フィヒテが「ドイツ国民に告ぐ」の講演を行ったことで有名な場所だ。

 

フンボルト大学から少し歩くと、ドイツ博物館が見えてくる。ドイツ博物館では、ドイツの歴史を膨大な展示から、古代から現代まで時系列で追うことが出来る。

ここではその一部だけ…
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言わずもがなのナポレオン帽。しかし説明を見てみると、ナポレオンがワーテルローの戦いで当時着用していたものとあるから驚く。こんなもの残ってるのか…。

 

ワーテルローの戦いは、実に壮大な戦いだ。なんといっても、ロシアの冬将軍に負けて地中海の小さなエルバ島に流されたにも関わらず、フランスに這い戻ってきたナポレオンをイギリスのウェリントンが辛くも撃退した戦いだからだ。ワーテルローの戦いは面白いので、興味がある人は1970年に制作された制作された映画Waterlooを見て欲しい。


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最後はベルリンの壁崩壊で展示が終わる。

なかなか見ごたえがあり、かつドイツの壮大な歴史を前に一種の感動を覚え、博物館の人に感想を言いかけたほどでした。

 

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昼食で屋台で買ったカレーブレヒト。簡単に言えばカレー味のソーセージである。

ドイツではファストフードとして一般的なわけだが、これが美味い。ドイツでお腹が空いたとき、とりあえずカレーブレヒトを食べておけば間違いはない。


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ベルリンでも商業施設の立ち並ぶアレクサンダー広場には、東ドイツの象徴として名高いテレビ塔と世界時計がある。

 

そういえば旧共産圏の国にはテレビ塔が多い気がする。ハノイにもプラハにもある。共産圏の国々は国の威信を分かりやすい建造物の形で表すのが好きだ。当時、最先端のメディアだったテレビを支えるテレビ塔は、まだ高層建築物が周りに多くなかった状況において、国の威信を表すうってつけの建築物だったのだろう。

 

そしてこの世界時計。なぜ世界時計が作られたのか、調べても中々出てこない。

僕が思うに世界中の同胞と連帯し、国の壁を乗り越え人民として闘う共産思想にとって、時差の壁は大きな分断要素だったに違いない。その時差を一目瞭然で明らかにすることが出来る世界時計は、その分断の壁を砕こうとする意思を表したものだったのかもしれない。


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ドイツ人はデザインに対する意識が高い。野菜売り場1つとってもすごく綺麗に並べられている。


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これ、日本でも売って欲しい

 

つづく